老年医学(2)
前回https://technocare.ocnk.net/diary-detail/61に続いて、臨床情報サイト「CareNet.com」から老年医学についての記事を私なりに整理してご紹介してみたいと思います。
【事例】
90歳男性。独居。既往歴は安定した高血圧と糖尿病。前医の退職に伴い、新しいかかりつけ医を求めて新規患者枠で外来にやってきました。診察に使える時間は5分です。
前回の記事で、高齢者診療の原則は、老年症候群と多疾患併存があるという前提に立つことであるということを学びました。ここでは、前者、老年症候群の内容を個別にアセスメントするための型「DEEP-IN」を紹介します。
これは、老年症候群に多く生じる項目の頭文字をとったものです。
- D(Dementia, Depression, Delirium, Drugs):認知機能、抑うつ、せん妄、服薬状況。診察当日の曜日や家族・お孫さんの名前や年齢を聞くことで、大まかな認知能力をアセスメントできます。
- E&E(Eye & Ear):視力、聴力。眼鏡や補聴器の使用状況だけでなく、テレビや電話が使いにくくなっていないかなど、日々の生活からも情報収集できます。
- Physical function・Fall:身体機能、転倒。暮らしの中で難しく感じることや不安なことはないか。独居であれば入浴について聞くのがオススメ。複雑な動作が数多く含まれているので、これに問題や不安がなければ、ほかの日常生活動作も大丈夫と推察できます。
- Incontinence:失禁。デリケートな話題なので聞き方には配慮しましょう。「○○さんのお年になると悩む方も多いのですが」といった一言を添えると答えやすくなります。
- Nutrition:栄養状態。衣服やベルトのサイズ変化、1年間の体重変化や食事内容など。
この型は、短時間で高齢者の診療とケアに必要な情報が得られるよう、特に「身体・認知機能」と日々の自立生活に必要な項目に注目して設計されています。これを使って問診したところ、次のような情報が得られました。
D:今日の曜日が言える。孫の名前と年齢を覚えている。しかし服薬記憶はあいまい。お薬手帳は所持。服用している薬の中に、副作用リスクが高い薬がある(NSAIDs、ベンゾジアゼピン、抗ヒスタミン薬が配合された総合感冒薬、抗アレルギー薬を常用)、複数の保険薬局を使用している。
E&E:眼鏡と補聴器が欠かせない。眼鏡は2焦点レンズ。補聴器は耳掛け式。
P:ADLはほぼ自立しているものの、入浴時に転倒の不安がある。直近12ヵ月で転倒歴はない。しかし外出時は杖を使用。
I:尿便失禁なし。夜間頻尿もなし。
N:1年で5kgの体重減少(これまで誰にも相談したことはない)。ベルトサイズ、時計のバンドサイズの変化、食欲低下あり。
これだけの情報が得られれば、高血圧と糖尿病への処方だけでなく、自立した生活・QOLを向上させるような健康増進介入も可能です。今回は転倒リスクに注目して、赤字の転倒リスク項目について介入策はないか考えてみましょう。
介入の方法としては、(1)転倒につながる副作用がある薬剤の減薬・中止を検討する(2)視力検査と単焦点レンズの眼鏡への変更の2点は比較的簡単にできるのでは、と考えます。2焦点レンズの眼鏡の下部は近距離用に焦点があわせてあるため、足元を見たときに視界がぼやけて遠近感がつかみにくいため転倒のリスクが高まります。
これらの項目は他の医療職、例えば看護師や介護職の方に失禁に関して聞いていただくなど、ぜひチームで役割分担、情報共有してみてください。患者の日々の生活が鮮明に想像できるようになります。
本人から情報を得られないときは、身体診察をもとに、年齢・性別といった疫学的視点から頻度の高い症状・徴候を推測する一方で、第3者の目を入れることがポイントです。
在宅医療に携わる或る医師は、患者本人から情報が得られないときには「●歳をすぎたら、突然具合が悪くなって救急車に乗ることがあるかもしれません。そうなったときにすぐに対処できるように、子どもさんにお薬や治療のことを知ってもらっているんですよ」と声掛けをして、家族の同席を促すそうです。身内がいない方であれば地域包括支援センターとの連携を促すなど、どんな形であっても第3者に入っていただくことが大切になってきます。
この声掛けには老年医学で大切にしている、高齢者へのかかわり方のコツが詰まっています。1つめはノーマライゼーション。「●歳を過ぎたら皆さんそうしていますよ」と患者と同年代の人の多くがそうしていると伝えると心理的ハードルが下がります。
2つめは「救急車に乗るかもしれない」という言い方で、予後予測を共有していること。患者と予後予測を共有するのは非常に重要ですが、受け入れがたい方が多い話題でもあります。このケースは今すぐに起こることではないが起こってもおかしくない話なので、患者が恐れを持ちづらいのがポイントです。そして最後に、「子どもさんに知ってもらっているんですよ」という締め方。どうしますか?と患者に選択させるのではなく、医療者としてのお勧めをデフォルトで提示すること。これで患者の意思決定ストレスを減らしています。いずれも患者に恥ずかしさや恐怖を与えない配慮が素晴らしいです。これらは高齢者にかかわるときあらゆる場面で役に立ちます。DEEP-INとともにぜひ診療で使ってみてください。
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長くなってしまいましたが、記事の概要は以上です。
私が受講している介護職員初任者研修の講義では、利用者の自立支援を第一に、自己決定を促すよう教わっていますが、この記事では「患者の意思決定ストレス」が指摘されており、研修の講義を受けながら何となくモヤモヤしていたことが晴れた気がしました。何に対しても自己決定を促すというのは、利用者の認知機能の程度や性格によっては苦痛を与えることになり、この記事にあるような配慮は大切だと感じました。
詳しくはCareNet.com
https://www.carenet.com/series/geriatrics/cg004657_002.html
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